贈る言葉

2012年12月23日 日曜日

【贈る言葉 2-150】

【鋭きも 鈍きもともに 捨てがたし
    錐(キリ)と槌(ツチ)とに 使い分けねば】

幕末期、日本で最も大きな私塾
『咸宜園(カンギエン)』塾主・儒学者の
広瀬淡窓(ヒロセタンソウ)の和歌です。

『人間には人それぞれの個性があり、
違った能力がある。
それを生かす事が大切である』
江戸時代版『世界に一つだけの花』でしょうか...?
この『個性を尊重』する教育法の元、
優秀な門下生(木村益太郎・高野長英・
上野彦馬等)を輩出しています。

そして、この塾主・広瀬淡窓が
実践していたのが『万善簿』です。
一つ善い事をしたら白い丸を、
悪い事をしたときは黒い丸を一つ。
毎日、白丸の数から黒丸の数を引いて、
その数が1万になるのを目指し、
ひたすら善行に励み、
日々の生活態度の悪行を戒めたそうです。

自分にはあくまでも厳しく、
人には個性を認めて寛大であった淡窓、
あっぱれと言うしかありません。

曲渕智子

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2012年12月22日 土曜日

【贈る言葉 2-149】

【薩摩の郷中(ゴジュウ)教育・3つの掟】

薩摩藩独特の教育・郷中教育には
3つの掟があったそうです。

一つ 負けるな(克己)
一つ 嘘を言うな(誠実)
一つ いじめるな(仁愛)

かの有名な西郷南洲(隆盛)は、
この薩摩の郷中教育の中で聖人君子を志し、
修練と実践を重ねたと、
南洲顕彰館館長で、西郷南洲の研究を
ライフワークとされる高柳毅氏は伝えます。

私達日本人は、本当にこの3つの掟を
無くしてしまったのでしょうか?
私は、あまりに激しい時代の変化に揉まれて、
その引き出しを開ける鍵を
見失ったのではないかと感じます。

そして、この3つの掟とは
元々私達に与えられていた
神様からの贈り物ではないかとも思います。

このしまい忘れた贈り物を取り出して、
今度はそれを次世代に
バトンタッチしていけたら...と、
感じる今日この頃です。

曲渕智子

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2012年12月21日 金曜日

【贈る言葉 2-148】

【子曰わく、参よ、我が道は一以て之を貫く。
              曽子曰わく、唯(イ)...】

孔子と弟子・曽子のやり取りの一文です。

孔子の優れた弟子であった
顔淵(ガンエン=顔回ガンカイ)は、
残念なことに早世し、
孔子はもう自分の学問を
本当に継いでくれる人物はいないだろう...
と、諦めていたそうです。

そこへ現れたのが曽子(ソウシ=参シン)でした。
ここに挙げた問答は
『孔子先生が言われた。
「参よ、私の道は一つの原理で貫いているよ」
曽子先生が「はい!」と歯切れ良く答えられた』
という意味です。
そして曽子は、
『先生が貫いて来られた道は、
     誠と思いやりだと思うよ』と続けます。

孔子は、曽子を『参や魯(ロ=のろま)』と
評していましたが、
その純粋さ・素直さ・実行力に
注目していたそうです。

それは我を捨て、ひたすら学問に打ち込んだ
曽子の心が天に通じたのだと、
論語普及会学監・伊與田覺氏は
解説されていました。
人は我を捨てて初めて素直になれ、
天に通じ、
『他力』が後押ししてくれるのかもしれません。

曲渕智子

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2012年12月20日 木曜日

【贈る言葉 2-147】

【理念とマニュアルと行動と...】

その仕事の手順として
『どうするのか(ハウツー)』を示したものが
マニュアルですが、
最近マニュアルの本当の大切さを
度々考えるようになりました。

ここで大切な事は、マニュアルは
その職場(組織の大小に関わらず...)の
『理念』に基づいて作られるということ。
『なぜそうするのか』を理解しなければ
ならないのです。

この基本...職場の目指す理念を、
働く一人一人が、心から理解し、
本当に腹の中に落とし込んでいれば、
逆に、マニュアルに無い事態が起きても
対応出来るはずなのです。

発展している会社は、この理念が素晴らしく、
それをたとえバイトの職員であっても
きっちり伝えているのだということを、
ラジオのインタビューに答えてあった、
日本スターバックスの
元CEOの話で感じた次第です。

曲渕智子

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2012年12月17日 月曜日

【贈る言葉 2-146】

【勝利の女神は
               ニコニコ笑顔が好きなんだよ(o^-^o)】

ロンドンパラリンピック・女子ゴールボールで、
日本チームは見事、金メダルを獲得しました。
その日本チームの江黒直樹コーチが、
メンバーによく言っていたのがこの言葉。

決勝で対戦した中国チームと
何が勝負を分ける原動力となったのか...
実は、この笑顔だったと
キャプテンの小宮さんが語ります。

試合前の入場の時に、
日本チームはニコニコ笑顔、
一方中国チームはしかめっ面。
オリンピックに出る程のチームであれば、
実力の差はさほどなく、
どちらが勝ってもおかしくないのです。

試合直前の江黒コーチの指示は
              『笑え』の一言(笑)。

全ては鏡です。
勝利の女神に微笑んで欲しければ、
自分も上機嫌で、ニコニコ笑顔で
取り組まなければ...(o^-^o)〓

今日も皆さんの一日が、
ニコニコの一日でありますように...。

曲渕智子

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2012年12月10日 月曜日

【贈る言葉 2-145】

【ある ある ある】

先日4回に分けて送信した、
四肢切断の障碍を乗り越えた
中村久子女史の詩をご紹介します。
既にご存知の方も多いと思いますが...。

さわやかな
秋の朝
「タオル取ってちょうだい」
「お-い」と答える
   良人(おっと)がある
「は-い」とゆう
   娘がおる
歯をみがく
義歯の取り外し
かおを洗う

短いけれど
指のない

まるい
つよい手が
何でもしてくれる

断端に骨のない
やわらかい腕もある
何でもしてくれる
短い手もある

ある ある ある

みんなある
さわやかな
秋の朝

曲渕智子

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2012年12月 8日 土曜日

【贈る言葉 2-144】

【他力は自力の母】

作家の五木寛之さんの言葉です。
五木さんは次のように述べておられます。

『心から「ここは独力で頑張ろう...
何とかしよう...」という気持ちになったときに、
後ろから他力が肩を押してくれるんですよ。
だから、他力は自力の母なのだと
僕はいつも言っているのです』


「他力」と聞くと、
その文字の表面だけを見て、
全て他人任せ...とか、不本意な結果は
人のせい・条件のせいと考える事...
と思う人も多いかもしれません。

しかし「他力」は、
そんな依存したものではないんですね。
これまでに何度も送ってきた
『自らを由とする』事こそ、
神なのか仏なのか解りませんが、
最後の一押しの「他力」を授かる原点。
「他力」は「自力」の母なのです。

曲渕智子

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2012年12月 7日 金曜日

【贈る言葉 2-143】

【僕はいつも機嫌よくやっている!】

三重県で圧倒的な人気の塾・安藤塾。
塾長の安藤大作さんは、約20年前に、
とても塾長とは思えない金髪で、
八畳一間から塾を始めます。

塾生を幸せにしたい・
塾生の一番の理解者でありたいと、
体を張って24時間頑張る先生の姿を見て、
子供達は口々に
『塾に行きたい』『勉強が楽しい』と言ってくれ、
評判が評判を呼び、
塾生は倍々で増えていきました。

実は、安藤先生が見せていた姿と言うのは、
ただ『頑張る姿』だけではありません。
本当に子ども達の心を捉えたのは
『いつも機嫌が良い先生』と言うこと。


現代社会は不機嫌な人が多すぎます。
子ども達は、学校でも家庭でも
不機嫌な大人の顔を見続けて、
将来に夢など持てません。

安藤先生は、今日も子ども達から
『かっこいい!あんな先生になりたいな』と
憧れる先生をイメージして振る舞い、
上機嫌で子ども達と向かい合います。

曲渕智子

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2012年12月 6日 木曜日

【贈る言葉 2-142】

【人間は何も創造しない】

スペインが生んだ世界的な建築家、
アントニオ・ガウディの言葉だそうです。
人間は、既にそこに在る真実を
発見していくだけなのでしょう。

また彼は
『私は、神の創造に寄与しているだけだ』
と述べていたそうです。
そのためには『観察』することが
とても大切であり、
『観察無くして発見はない』と、
ガウディの未完の代表作、
サグラダ・ファミリア贖罪教会の
主任彫刻家として建築に携わる
外尾悦郎氏は語ります。

人が必死に、それこそ命懸けで取り組む時、
初めて神が後押ししてくれて、
作品のイメージが沸き上がったり、
完成させるためのアイディアに
気付けるのでしょうね。
外尾さんは『ガウディを見るのではなく、
ガウディの見ていた方向を自分も見つめる』事で
不世出の天才の偉業を引き継いで行かれます。

曲渕智子

投稿者 曲渕整骨院 | 記事URL

2012年12月 4日 火曜日

【贈る言葉 2-141】

【生きたい・知りたい・仲間になりたい!】

脳の専門医・林成之氏は、
どんな人の脳にも、
この三つの本能があると言われます。

生きているものの命を奪うことが
悪いということは、言わずもがなでしょうが、
この『脳が求める生き方』は、
そのまま『人が幸せに生きる道』ではないかと、
月刊・致知編集長藤尾秀昭氏は述べておられます。

私の極端な考えですが
『いじめ』や『陰口』は
『仲間になりたい』と言う本能に背きます。
世の中は鏡です。
もしかして今、いじめる側の人がいたら、
違った形で、自分の本能を満たして貰えない
事態が来ることを覚悟して頂きたいものです。

曲渕智子

投稿者 曲渕整骨院 | 記事URL

2012年12月 3日 月曜日

【贈る言葉 2-140】

【外寛内明】

他人には寛大に(優しく親切に)接し、
自分には明晰に(正確に厳しく)省みる...
難しいけれども、本当に大切な事ですね。

また、帝王学の書
『宗名臣言行録(そうめいしんげんこうろく)』
には
『明なれども察(さつ)に及ばず 
寛なれども縦(しょう)に至らず』
と説かれているそうです。

現状を甘く見て方縦になることなく、
しかし細部にとらわれ過ぎることもなく...
と言うことは、つまり『つかず・離れず』に、
『在りを在りとして、そのままを認めて、
それに対応していく』事と、
改めて認識する今日この頃です。


曲渕智子

投稿者 曲渕整骨院 | 記事URL

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